民族のしるし7 [民族のしるし]
「南朝」といえば、楠木正成の家紋は菊水ですが
この菊水、後醍醐天皇が楠正成に下賜されたと言われています。
下賜されたのは、十六菊紋だったのですが、
恐れ多いということで、下の部分を水で隠したとか(笑)
下の部分を隠したという部分は後年の創作かもしれませんが、
家紋を下賜されたという話は事実のようです。
楠木正成だけでなく、足利尊氏が菊紋、豊臣秀吉は桐紋を下賜されたという記録があり、
下賜されるということは、かなりの名誉であったようです。
秀吉が下賜されたのは桐紋の五七桐だったそうですが、
その秀吉、1591年(天正19年)と1595年(文禄4年)に、
菊紋や桐紋の無断使用の禁止令を出したそうです(笑)
禁止令を出さないといけないほど、菊紋や桐紋を勝手に使う武将が増えたのだと思います。
戦国時代にはすでに、「菊紋」や「桐紋」は、権威の象徴だったようです。
2010-06-16 08:51
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